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自己達成感はクリエイターに必要な才能

とあるラジオで「自分が一番好きな自分の曲は何?」との質問に音楽家の人が「次に作る曲が一番最高ですね」と答えているのを聴いて、少し自分の中にシンクロする感覚があったので、今回はその発言の意図について考察します。

「自分が一番好きな自分の曲は何?」と聞かれた場合、普通の人というか一般的に想定される答えだと、自分の過去作からチョイスしてその曲を答えると思います。

ところがアーティストの方はやっぱり一般人と感覚が違うのか、我々の想定を超えて、まだ存在さえしていない曲が一番良いと言うのです。

しかし、これは冷静に考えてみると、とても理にかなった答えといえます。

曲を作る側は生産者であり、曲を聞く我々は消費者です。

消費者は数ある作品から自分が気に入るものを見つけ出しますが、生産者である音楽家はその気に入られる作品を自身で創作しなければいけません。

消費者と制作側では曲(作品)に対する視座が違うのです。

消費者は選ぶ立場であり、制作者は選ばれる立場です。

制作側は常に消費者から気に入られる作品を創作できるように日々創意工夫しています。

制作側は常に新しい作品を生み出していかなければなりません。

新しい作品を生み出し続けてこそ創造者でありクリエイターであれるのです。

それと同時に、新しく若い才能も次々と生まれてきています。

新しい作品を生み出すことをやめれば、消費者たちの「好き」の座を新しい才能に明け渡してしまい、自身の作品でおまんまを食べることが厳しくなってきます。

そういった事情からアーティストや各種クリエイターは常に創造性を保ちつつ新しいものづくりに挑戦し続ける姿勢を維持することが大事だと分かります。

ここで最初の話題である「次に作る曲が一番最高」に繋がってきます。

クリエイターに一番必要な才能は自分自身の作品を自分で一番好きになれることです。

第三者としての消費者に気に入られる前に「自分」という消費者を一番最初に満足させる必要があるのです。

自分の生み出したものが「最高」でないと、さらに続けて自分で何かを生み出そうとする気力がわかないのです。

自分で生み出したものが「つまらない」や「ぼちぼち」レベルであれば自分で創作する意欲は長くは続かないでしょう。

自分が創作したものが「最高」であるからこそ、次に作るものは「もっと最高」になるという期待を持って次の作品を作っていけるのです。

だから音楽家の方がまだこの世に存在さえしない自身の次作が一番最高だという意見はクリエイターとして当然の解答となるのです。

自分がなぜその話題にシンパシーを感じたかというと、このブログを書き続けてきた自分と重なったからです。

ほぼ誰も読んでいない文章を何年間もずっと書き続けることができているのは、自分の文章の一番のファンが自分自身だからです。

前回のエントリを読んでも分かりますが、私は自分で書いた文章を客観的に読んでもとても素晴らしい文章だと思っています。

他人からのフィードバックもほとんどない上に自分で読んでもつまらない内容であれば、とてもじゃないですが数年に渡って文章をダラダラと書き続けることなどできないです。

自分で自分の書いた文章が素晴らしいと思っている自分がいて、その実績があるからこそ、さらに新しい文章を書く動機が発生します。

そのサイクルの経験から「次に作る曲が一番最高」発言にシンクロする自分を感じたのです。

自己達成感でも書きましたが創作のモチベーションの原点が自分自身になければ創作活動を続けるのは厳しいでしょう。

ドーパミンを他人からの称賛ではなく自身の自己達成感から得られる能力がクリエイターとしての才能なのです。

Tags: 仕事, 哲学