作業者Xの献身
タイトルだけだとなんの話か分からないので、最初に書いておくと今回はantiタスク分解論の続きの話になります。
当該記事ではタスクを分割することで発生する弊害について書きました。
その時の要点が
- 全体を分割すると抜け落ちが発生する
- 分解されたタスクだけにしか目が向けられず全体を俯瞰できなくなる
の2点でした。
今回は、そこからさらに掘り下げて、タスク分割におけるデメリットを追加で紹介したいと思います。(「タスクを分割するな」とは言ってません)
まずは下図をご覧ください。
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作業者Xが一人で全てのタスクを担う場合と、作業者X、作業者Y、作業者Zの3人にタスクを分割した場合の図です。
そして、システムの単一障害点(single point of failure)が存在するとして、そこを赤い点で表しています。
右図だと作業者Zのタスク領域に単一障害点が存在することになります。
左図において作業者Xが一人でタスクをこなしている場合、単一障害点の発見も容易ですし、対応も(解決できる能力があれば)自分自身だけで完結できます。
しかし、タスクが分割されており担当者もそれぞれ別だと、障害点の究明と対応の難易度が高くなります。
まず、障害点の究明についてです。
自分一人で全域を網羅できていれば、問題を特定するのは(特定できる能力があれば)容易いです。
しかし、自分の範囲外に問題の原因があるとすれば、問題の特定は困難を極めます。
自分の家の中でどこに財布を置いたのか忘れるのと、旅先でいつの間にか財布を無くした場合の財布の生存率ぐらい違います。
作業が分担されている場合、自分の範囲内の問題なのか自分の範囲外の問題なのか、ここの切り分けにまず労力がかかります。(自分の範囲内の問題なのに他人のせいにしたり、自分の範囲外の問題なのに自分の範囲内だけで解決しようと時間を浪費したりしがちです)
そして、自分の範囲外に問題があると確信を得られれば、次は自分の範囲外のタスクについて情報を得る必要が出てきます。
ついで、自分の状況と他人のタスクのそれぞれの情報から障害点を推定する作業が発生します。
障害はどのタスクに依存していて、かつ、そのタスクの担当者は誰なのかも把握できないと、対応にあたることができません。
さらに、他人のタスクに関しては自分の守備範囲外ですから、その部分の情報に関しては自分の知見ではなく、既存のドキュメントや別の作業者から引き出した情報から推測するしかありません。
この場合、自分の作業から生み出される知見を頼ることはできず、編集された情報である他人からの伝聞を頼りにするしかありません。
人間、実際に自分でやった経験は有用な知見や技術として活かせますが、経験の伴わない情報は実務においてあまり頼りになりません。
自転車についていくら知識を得たところで、実際に乗れるようになるには乗るしかないのと同じように。
ただの伝聞でしかない知識より経験から得た知見の方が有用で、作業を分担するほど、個人個人の知見は縮小してしまいます。
そして、障害点の究明ができたとして、次は障害に対応しなければなりません。
自分の担当分に原因がなくても、単一障害点を除去しなければ自分のタスクを遂行できないのであれば問題を解決するしかありません。
タスクは分割できてもシステムは分割できないのです。(マイクロサービス?何それ?おいしいの?)
ですので、タスクを細切れにして対応範囲を限定的にしているのにも関わらず、自分のタスク外に問題の原因があれば、その部分についても追加で対応しなければなりません。
以前の記事の終わりにも書きましたが、工場のように完全な分業制になっていればそういった問題は起きません。
ベルトコンベアーで流れてくる刺身の上にタンポポを乗せる作業者は、刺身の具や量が違っていても、タンポポを乗せ続けるだけです。(もしくはただ弾くだけ)
商品の検品はまた別の工程としてちゃんと分割されているわけですから、タンポポの人が刺身の不良を気にする必要はありません。
ですが、組織に所属する会社員が知的労働として仕事に取り組んでいる場合、自分のタスクは何かしらの外的要因に依存しているはずです。
自分の作業が自分一人だけで1から100まで完遂できるのは、バイトのような単純作業か自営業で自分一人で切り盛りしている場合ぐらいです。
よって、大体のホワイトワーカーは、他人の担当範囲のタスクについて調整する作業が発生します。
そうなってくると、昔書いたタスク分割コストが牙を剥いてきます。
作業分担して効率よく終わらせるはずが、逆にコストがモリモリになって工数も時間もよりかかってしまうようになるのです。(最近はむしろ、大企業はコストをあえてモリモリにすることで達成感という餌を撒きながら人間を畜産している気がしないでもないです)
コンウェイの法則とマイクロサービスで書いた通り、サービスやシステムにとどまらず、タスクの分割一つとっても、その効率性は組織構造やその質に依存するのです。
数人のスタートアップでのタスク分担とグローバル大企業におけるタスク分担とでは、その質も内容も難易度も、なんならやりがいさえも全く別物となるでしょう。
作業者Xの献身が必要な時点で、その組織はイノベーションのジレンマに囚われているのです。
Tag: 仕事